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気狂いピエロ

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劇場公開日:2026年7月31日

解説・あらすじ

ジャン=リュック・ゴダールが1965年に発表し、ヌーベルバーグの金字塔的作品として語り継がれる代表作。

「ピエロ」と呼ばれるフェルディナンは、退屈な結婚生活から抜け出したいという衝動に駆られ、偶然再会した昔の恋人マリアンヌと一夜を過ごす。翌朝、見知らぬ男の死体を見つけた2人は逃避行を始めるが、やがてマリアンヌはフェルディナンに嫌気がさし、ギャングと通じてフェルディナンを裏切る。

2016年にデジタルリマスター&寺尾次郎氏による新訳版が公開。2022年および2026年に2Kレストア版で公開。

1965年製作/105分/フランス・イタリア合作
原題または英題:Pierrot le Fou
配給:オンリー・ハーツ
劇場公開日:2026年7月31日

その他の公開日:1967年7月(日本初公開)、2016年7月23日、2022年4月15日

原則として東京で一週間以上の上映が行われた場合に掲載しています。
※映画祭での上映や一部の特集、上映・特別上映、配給会社が主体ではない上映企画等で公開されたものなど掲載されない場合もあります。

スタッフ・キャスト

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    フェルディナン・グリフォン(ピエロ)ジャン=ポール・ベルモンド

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    マリアンヌ・ルノワールアンナ・カリーナ

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    フェルディナンの妻マリアグラッツィラ・ガルバーニ

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    マリアンヌの兄レッドダーク・サンダース

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    アメリカの映画監督サミュエル・フラー

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    小男ジミー・カルービ

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    港の男レイモン・ドボス

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    政治亡命者ラズロ・コヴァックスラズロ・サボ

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    ギャングロジェ・デュトワ

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    ギャングハンス・メイヤー

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    映画館の若い観客ジャン=ピエール・レオ

全てのスタッフ・キャストを見る

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映画レビュー

4.0 ジャン=ポール・ベルモンドとゴダールの衝撃

2024年4月18日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

興奮

ジャン=ポール・ベルモンド追悼。

そして初ジャン=リュック・ゴダール作品。
物語はおもしろかった、といいたい。いわせてほしい。

ゴダールの作品には、脚本と呼べるものはなく、ほとんどのシーンが即興で撮影されたらしいからすごい。

マリエンヌとフェルディナンの「ねえ、ピエロ」「フェルディナンだよ」のくだりが、被せに被せられてておもしろかった。

そしてマリエンヌがフェルディナンの咥えた煙草を取って、キスするシーンがとてもよかった。

あとフェルディナンが顔を青くして、爆死するの、気狂ってるな。爆死する間際、慌てふためいているのも滑稽。

まだまだ学び中なので、ゴダールやヌーベルバーグ、オマージュされた作品をみてから再鑑賞したい。

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3.5 およそゴダール(と、もしかしたら北野武)以外には撮れないであろう夢とも現実ともつかない気狂い逃避行

2026年4月6日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

知的

難しい

斬新

邦題の「きち○い」にまずビックリする。
今だったら完全にアウトであり、実際このレビューでも伏せ字にしないと投稿できなかった。
放送局なんかでは「きぐるい」にしてるらしい。
原題をカタカナにした「ピエロ・ル・フ」とするところもあるらしい。
時代の流れとはいえ色々大変だなあと思う。

本作は犯罪劇としての物語は一応はある。
一応はあるのだけど、物語を追いかけることに何か意味があるのか観ているうちにだんだんと分からなくなってくる。

ピエロと呼ばれる男フェルディナン(ジャン=ポール・ベルモンド)と、かつての恋人マリアンヌ(アンナ・カリーナ)が逃げている。
何から逃げているのかも、どこへ逃げようとしているのかもよく分からない。

映画の冒頭、退屈な人生に嫌気がさしていたフェルディナンはかつての恋人マリアンヌと偶然出会い、彼女の部屋で一夜を過ごす。

次の朝、部屋には彼女が殺したとおぼしき謎の死体があり、そこから二人の逃避行が始まる。
ギャングの大金を持ち逃げしているらしいマリアンヌ。
二人は警察から追われるとともに、ギャングからも追われているようである。
不意にねじ込まれる暴力シーンによって突然緊張感が高まったりもするけれど、結局は夢とも現実ともつかないような不条理な逃避行が南仏の強い日差しの中でダラダラと続く。

『はなればなれに』(1964)を観た時にも感じたことなので文章が重複してしまうけれど、ゴダールは起承転結みたいなオーソドックスな物語とか、エモーショナルに盛り上がるような物語にはあんまり興味がないように思える。

そういう物語は小説や演劇でも表現可能だからである。



小説や演劇では決して表現できないもの。

映像を撮影し、カットし、繋ぎ合わせていく、映像編集という作業でしか表現できないものをゴダールは追求しているような気がする。

そもそもゴダールは脚本を用意せず現場で即興で撮影していくというスタイルらしい。
そのせいもあるのだろうけど、ゴダール作品の物語はきちんと筋道立ったものとして捉えようとしても手の中をすり抜けてしまうような捉えどころのなさがある。
そして観終わったあとには印象的なシーン(場面)やカット(映像の断片)だけが強烈に頭の中に残っているのだ。

本作はゴダールがモノクロで撮った『勝手にしやがれ』(1960)や『はなればなれに』(1964)よりもさらに物語性を解体することでほとんど現代アートの領域に踏み込んでしまっている感がある。

現代アートというのは文明批評や社会批評を常に孕んでいるものだけど、本作にもベトナム戦争を批判するようなシーンが出てくるし、劇中に登場するギャングはフランス領アルジェリアの独立を阻止するために活動していたOASという極右テロ組織がモデルになっているらしい。

本作を現代アートとして捉えてみると、映像体験としては非常に刺激的なものがあると感じる一方、映画に物語を求める一般の観客は完全に置いてきぼりだという気がする。
自分も正直、かなり置いてきぼりになった(笑)。


こんな不条理な気狂いじみた逃避行はゴダール以外には撮れないと思われるのだけど、本作との類似点が指摘される作品がある。

それが北野武がその存在を世界に知らしめた『ソナチネ』(1993)である。

沖縄の強い日差しの中でヤクザたちが戯れる、その夢とも現実ともつかないようなダラダラした日々。
そして、突如として訪れる暴力によっていきなりクローズアップされる「死」。

自分もそういう目で見てしまっているせいもあるかもしれないけれど、本作を観ているとき何度も『ソナチネ』みたいだ、と思ってしまった。
いや、正確には『ソナチネ』の方が『気狂いピエロ』みたいなのだけど。

北野武自身は「撮影前に『気狂いピエロ』は観ていなかった」と語っているようなのだけど、『ソナチネ』の企画段階のタイトルは「沖縄ピエロ」であり、いくらなんでもそれは通らない気がする。
ビートたけし一流のジョークなのかも知れないし、本当に本人は観ていなかったのかも知れないけれど、少なくとも主要な製作スタッフの中には『気狂いピエロ』を意識していた人間がいたはずである。

ただ、『ソナチネ』大好き人間として言わせてもらえば、『ソナチネ』は決して『気狂いピエロ』の安易な模倣などではなく、映画監督北野武の天才的な作家性が発揮された厳然たるオリジナル作品である。
そうでなくてどうして『ソナチネ』が、ゴダールを生んだ芸術大国フランスの目の肥えた観客たちから絶賛されるだろうか。

タランティーノの『パルプ・フィクション』(1994)もゴダールの『はなればなれに』の影響を受けていることがよく指摘されるのだけど、北野武もタランティーノも映画の天才と呼ばれることの多い監督であり、二人の代表作である『ソナチネ』と『パルプ・フィクション』に影響を与えたというだけでもゴダールがどれほど凄い監督なのか分かろうというものだ。

自分はゴダール作品を本作と『勝手にしやがれ』と『はなればなれに』の3本しか観てないので、あんまり天才ゴダールのこと知らないのだけど(笑)、ゴダールは既存の映画の枠組みを解体して常に新しいことにチャレンジする実験精神に溢れた人だったのだと思う。

だからゴダール作品は古くならない。
観るたびに新しい発見がある。
ただ、それと作品を面白いと感じるかどうかは別であり、自分も正直言って本作を面白かったのか、と問われると「う〜ん…」となる(笑)。
『勝手にしやがれ』や『はなればなれに』は結構面白いと感じたのだけど。

ただ、本作を「つまんないから二度と観ない」とは決して思わない。
それは、天才ゴダールが作った映画だという先入観や、『ソナチネ』が影響を受けているという刷り込みがこちらにあるせいかも知れない。
でも、そればかりではないような気もする。
本作はやっぱり観た後に強烈に印象に残るものがある。

面白いとはあんまり思えないのにまた観たくなる不思議な映画。
自分にとってそんな不思議な映画は滅多にない。
やっぱりゴダールは凄いと思う。

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3.5 ヌーベルバーグの代表的作品を遅まきながら

2025年12月13日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

長編デビュー作「勝手にしやがれ」から通底する男女間の歪みといった要素はしっかり引き継ぎつつ、作家と観客、芸術性とエンタメ性のようなメタ的な部分にも切り込んだ奥の深い作品だと思った。
この複合的な二項対立を、煌々とした陽の光の中で赤と青の2色を用いて明快に表現している。
映画に色がついて間もない60年代にこの色彩感覚を取り込んだゴダールの天才っぷりがすごく良くわかる作品。

まーにしてもごっつい難解な作品なのでとても万人ウケするような作品ではないのがとっつきにくさとなっている気もしなくもない。

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4.0 脚本は  ?

2025年12月9日
PCから投稿

でも、傑作だと感じた。
映画は映像で表現できていれぱ良い。

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