VOOZH about

URL: https://eiga.com/movie/99292

⇱ 関心領域 : 作品情報・キャスト・あらすじ・動画 - 映画.com


👁 Image
ホーム > 作品情報 > 映画「関心領域」

関心領域

👁 ALLTIME BEST

劇場公開日:2024年5月24日

解説・あらすじ

「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」のジョナサン・グレイザー監督がイギリスの作家マーティン・エイミスの小説を原案に手がけた作品で、2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門でグランプリ、第96回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞。ホロコーストや強制労働によりユダヤ人を中心に多くの人びとを死に至らしめたアウシュビッツ強制収容所の隣で平和な生活を送る一家の日々の営みを描く。

タイトルの「The Zone of Interest(関心領域)」は、第2次世界大戦中、ナチス親衛隊がポーランド・オシフィエンチム郊外にあるアウシュビッツ強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルの地域を表現するために使った言葉で、映画の中では強制収容所と壁一枚隔てた屋敷に住む収容所の所長とその家族の暮らしを描いていく。

カンヌ国際映画祭ではパルムドールに次ぐグランプリに輝き、第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞、音響賞の5部門にノミネートされ、国際長編映画賞と音響賞の2部門を受賞した。出演は「白いリボン」「ヒトラー暗殺、13分の誤算」のクリスティアン・フリーデル、主演作「落下の解剖学」が本作と同じ年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したザンドラ・ヒュラー。

2023年製作/105分/G/アメリカ・イギリス・ポーランド合作
原題または英題:The Zone of Interest
配給:ハピネットファントム・スタジオ
劇場公開日:2024年5月24日

スタッフ・キャスト

全てのスタッフ・キャストを見る

受賞歴

第48回 日本アカデミー賞(2025年)

受賞

優秀外国作品賞

第96回 アカデミー賞(2024年)

受賞

国際長編映画賞
音響賞

ノミネート

作品賞
監督賞 ジョナサン・グレイザー
脚色賞 ジョナサン・グレイザー

第81回 ゴールデングローブ賞(2024年)

ノミネート

最優秀作品賞(ドラマ)
最優秀作曲賞 ミカ・レビ

第76回 カンヌ国際映画祭(2023年)

受賞

コンペティション部門
グランプリ ジョナサン・グレイザー

出品

コンペティション部門
出品作品 ジョナサン・グレイザー
詳細情報を表示

関心領域 の関連作を観る

👁 落下の解剖学
落下の解剖学
👁 ありがとう、トニ・エルドマン
ありがとう、トニ・エルドマン
👁 希望の灯り
希望の灯り
👁 ヒトラー暗殺、13分の誤算
ヒトラー暗殺、13分の誤算
👁 ジョーカー
ジョーカー
👁 ラ・ラ・ランド
ラ・ラ・ランド
👁 天気の子
天気の子
👁 万引き家族
万引き家族
👁 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
👁 この世界の片隅に
この世界の片隅に

👁 powered by U-NEXT

関連ニュース

関連ニュースをもっと読む

映画評論

アウシュビッツの中は映さない。塀一枚隔てた外側にある「領域」での日常

今年(2024年)のアカデミー賞で、国際長編映画賞と、音響賞を受賞した作品です。この「音響賞受賞」という成果には、ジョナサン・グレイザー監督やそのスタッフたちも大いに溜飲を下げたであろうことは疑いありません。冒頭、スクリーンには、黒い背景に「The Zo...

この映画評論・批評を読む

フォトギャラリー

(C)Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.

映画レビュー

3.5 日常にある、映されない壁の向こう。

2025年6月23日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD
ネタバレ! クリックして本文を読む

〇作品全体
戦争や虐殺を題材にした映画は、その多くが臨場感や緊張感によって、暴力と恐怖を突き付ける。死が迫る状況を描くことで、人間の本性や、目をそむけたくなる事実を突き付けてくる。
しかし、本作に武器は登場せず、弾丸や砲弾が飛び交うこともない。映される大半はアウシュビッツ収容所の隣に住む、穏やかに過ごす家族の風景だ。映像の端には収容所から漂う煙や遺骸、悲鳴があるけれど、ただそれだけだ。
「ただそれだけ」なのだが、それによって天国にあるような穏やかな生活と地獄のような収容所の対比がやけに際立つ。その構成が印象に残った。

「アウシュビッツ収容所」を知っている現代のわれわれからすると、ルドルフ一家は醜い人間だ。すぐ隣にあれほど凄惨な現場があるというのに、彼らは平和な日々を過ごしている。それどころか虐殺を肯定的にとらえ、「引っ越し」という、地獄に比べれば非常に小さな問題で夫婦喧嘩を始めている。壁の向こうにいる人々からすればそんな悠長なことを言っていられないというのに。
しかし、平和で理想的な日々を過ごす彼らからすれば、隣の状況なぞ知ったことではないのだ。日常を生きることに集中する彼らにとって「アウシュビッツ収容所」は「仕事」であり「お父さんの勤め先」でしかなく、そこで起こっている出来事は別の世界の話でしかない。彼らの関心は、彼らの日常にこそある。

それを強調させるのが短いテンポのカット割りだ。同じカット内でカメラを動かすのではなく、様々な画角で人物を映していく本作のカット割りには「どこから映しても、収容所は塀の向こう」であることを強調する。
収容所は高い壁と、優雅な庭園の緑によって遮断されている。その壁は分厚く、どこから撮っても映りこむのはせいぜい屋根くらいで、あとは煙と叫び声。煙と音は確かに存在しているが、別のカットにある青空や新緑によって煙はかき消され、音は子どもや犬の声で遠くなる。物理的な塀以上に厚い「精神の壁」を印象付けるカットワークは、収容所の世界を映さないからこそ非常に効果的だ。

戦争における天国と地獄の対比はいくらでもやりようがある。それでも、ここまで地獄を間接的に描いた作品はそうないだろう。
隣にある地獄から目をそらした天国の世界。そこから溢れる醜悪さが強烈であったし、その醜悪さがナチスドイツだけではなく、現代においても存在していることが暗に提示されていて、心に突き刺さる作品だった。

〇カメラワークとか
・横位置のカットがいくつかあった。奥には塀があって画面横の移動しかない。しかし被写体は奥の塀には無関心で、真っ直ぐと進む。塀とその向こうは「所詮背景」という突き放しをしているように感じた。

・ルドルフが出世を決めたあとのパーティーでは二階から見下ろし、魚眼気味のカットが面白かった。広い空間でパーティーを楽しむ人々を、レンズでギュッと凝縮させる。「毒ガスを効率的に散布する方法」を思案するルドルフの視点をこのカットだけで語っているのが面白い。

・終盤、ルドルフが事務所から帰るときの廊下の映し方がかっこよかった。闇に覆われた夜の廊下。その奥にある小さな光で、現在のアウシュビッツ収容所へつなげる。あそこで収容所での惨状を映像化しても良かったのだろうが、そうではなく、展示された大量の靴や煤で汚れた収容所を映しているところに「収容所の世界を映さない」こだわりを感じる。

・冒頭の黒い画面、中盤の赤い画面。こういうのは映画館で見てこその衝撃があるだろうなと感じた。

〇その他
・収容所の惨状を映さなかったのは、この物語を歴史の物語にしたくなかったからだろうなと感じる。凄惨な世界のすぐ隣にある日常。そのグロテスクを強調させたような作品だった。

・地獄の描き方が新鮮だった分、終盤にルドルフが体調を崩したり、ルドルフの妻が召使いへの態度を悪化させたりしているのはステレオタイプなラストだった。崩壊の兆しを描いているのはわかるけど、収容所の中を描かなくても「アウシュビッツ収容所」を描けるように、ドイツの崩壊やその兆しを描かなくても、そのときが来ることは明確なのに。

・ジョナサン・グレイザー監督が「この映画には善人も悪人もでてこない」みたいなことを語っているインタビュー記事を読んだけど、う~ん、それは無理があるなあって感じだ。召使を邪険に扱い、暴言を吐くルドルフの妻の心は「悪人」だろう。塀の向こうにいる人間に対し、危険を冒して食べ物を与える行為は「善人」でなければなんなのか。
「善人、悪人がいない」というならば、もっと描かなくていい部分があったと思う。例えば「アウシュビッツ収容所」は非倫理的な犯罪として誰しもが理解している。それに属する・反発するという行動は「善人か悪人か」という基準そのものだろう。となりでおぞましいことが起こっていながら、そこに踏み込む・踏み込まないというそれぞれの判断を描くのであれば、そうした情報は削ぐべきだ。
ルドルフの妻はうまい具合に自己の世界だけで生きていることを描いていたな、と途中までは思ったのだが、召使いに焼却を仄めかす暴言を吐いたことで、「悪の思考をもっている」という感想を抱いてしまった。「壁の向こう」という悪を描かない英断を下したのだから、描かないことにもっと自信を持ってほしかった。

コメントする (0件)
共感した! 2件)

4.0 『関心領域』は恐ろしいほどに徹底した“想像力”の映画だ

2024年7月7日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館
ネタバレ! クリックして本文を読む

なんという恐ろしい傑作が誕生したのだろうかと唸らずにはいられない。徹底的に計算された「音」が支配するこの映画は、観る者に「想像」することを要求し、観る者の「想像」を拡張させる。完璧なまでに「想像力」の映画だった。

以下、ネタバレを含みます。

▶︎3つの感想
1.「普通の日常」に潜む「残虐な非日常」
2.徹底された“音”の想像力
3.ランズマンの「表象不可能性」をめぐって

————————————————

①「普通の日常」に潜む「残虐な非日常」

あらすじにあるとおり、この映画の舞台はアウシュビッツ収容所のすぐ隣。1枚の壁に隔てられた場所で幸せに暮らす家族の物語だ。

まずこの設定からして、僕らの想像力は1つ拡張される。おそらく日本人の多くが、アウシュビッツ収容所の名前を教科書で見たことがあり、そこで繰り広げられていたあまりにも残酷なナチスによるユダヤ人虐殺の事実について、少なからず”知識”としては知っている。

ただ誰が想像しただろう。その地獄のすぐ隣に、幸せを享受する家族の日常があったことを。虐殺されていったユダヤ人、凶行にはしったナチス。彼ら彼女たちはあくまでも「歴史」に刻まれた人々であって、「戦争」という光景のなかに閉じ込められたような感覚が、少なからずあるのではないか。

しかしこの映画では、現代を生きる僕らと変わらない「日常」が流れている。水遊びに興じ、家族で食事をとって、二段ベッドでは兄弟の会話を交わし、新しく手に入れた服を試着する。10台の固定カメラで撮影されたという映像は、こうした「日常」を淡々と映し出す。

それはあたかも「何事も起こっていない」かのように見える。水遊びをしている川にユダヤ人を焼いた遺灰が流れてくること以外には。二段ベッドで子供たちがユダヤ人の歯をもて遊ぶ以外には。彼女たちが分け合い試着する服がユダヤ人から剥ぎ取られたものであること以外には。

「普通の日常」に「残虐な非日常」が丁寧に、そして密かに描きこまれる。アウシュビッツの事実を知っている観客は、その1つ1つを見逃してはいけないと強烈に自覚しながら、この映画に対峙する。映像として描かれている「日常」を観客の「想像力」が拡張することで、映画『関心領域』は完成するのではないか。

————————————————

②徹底された“音”の想像力

そして、そうした演出の極みとも言えるのが「音」の設計だろう。『関心領域』では、ずっと”なにか”の音が響き続けている。それはときに銃声のように、ときに悲鳴やうめき声のように、ときに人体を焼く炎の音のように聞こえる。こうした音の設計について興味深い記事を見つけたので、ここに引用したい。

【(引用)グレイザー監督は音響デザイナーのジョニー・バーンに「1年かけてアウシュビッツの音の専門家になって欲しい」と依頼。バーンは当時のアウシュビッツの地図や証言を読み込んだ上で、当時どんな音が彼らの耳に響いていたのかを研究。実際にアウシュビッツにまで赴き、庭と収容所の距離を測った上で、家の中からの銃声の聞こえ方までをも正確に再現したり、その季節に飛んでいる虫の羽音が何なのかを調べたりまでしたそう】
「オスカー受賞の話題作『関心領域』をネタバレ解説。悪意と無関心はイコールなのか」(mi-mollet)より

『関心領域』に響く音は、基本的にはその発生源から距離(1枚の壁)があり、具体的になんの音なのかがわかるような映像はなく、絶えず「想像」することを要求し続ける。その想像は、「これはなんの音だろう」というところから始まって、次第には「今ひとが殺されたのか」「何人のユダヤ人が焼かれているのだろうか」という惨劇そのものへの想像へと拡張されていく。

それはつまり、不穏な「音」が恐怖や緊張を必然的に生み、観客の心に暗く悲しい波が押し寄せる。そして実はこの言いようのない暗澹たる心情を劇中でも敏感に感じ取っている登場人物がいる。と、僕は思った。

まずは子供たち。おそらく弟と思われる少年は、二段ベッドの下で壁の向こうから聞こえてくる「なにかよくわからない音」の旋律を自然と口ずさんでしまう。そして兄と思われる少年は弟をビニールハウスへと閉じ込めるが、それはまるでナチスがユダヤ人をガス室に閉じ込めて殺す所作をも彷彿させる。その背景におそらくあの空間に漂う残虐で暴力的な空気とそこに響く音があるのではと想像してしまう。比べるべくもないが、夫婦喧嘩の絶えない家庭の子供が暴力的になりやすいと言われるように。

そしてもっと直接的に感じ取っているのは、間違いなく赤子と犬だろう。劇中で「うるさい」と感じるほどに、赤子は常に泣き続け(実際に「よく泣くね」といったセリフもあった)、犬は常に吠え続けている。赤子の泣き声は壁の向こうの悲鳴に共鳴しているように感じてしまう。犬が吠え続けている相手は、おそらくはナチスの狂気であり暴力であろうとも。

————————————————

③ランズマンの「表象不可能性」をめぐって

『関心領域』のようなホロコーストをめぐる作品を考えるうえで必ず思い出されるのが、フランスの映像作家クロード・ランズマンの提唱した「表象不可能性」の問題だろう。ランズマンは、とりわけスピルバーグの『シンドラーのリスト』を標的として、ホロコーストをフィクションとして描くことを痛烈に批判し、自身は関係者へのインタビューから構成される9時間のドキュメンタリー映画『SHOAH ショア』を制作した。

「表象不可能性」の問題を簡潔に咀嚼できるほどに僕の教養は深くはないのだけれど、ざっくり言うと、ランズマンは、どのようなフィクションもホロコーストの残酷さを描くことはできないという前提のもとで、最終的には現存する「写真」などの資料すらも全否定してしまう。そしてそのある種の証明として、『SHOAH ショア』では虐殺の描写を映像的には一切排除して、当事者たちの証言そして沈黙のみを淡々と記録している。

そのランズマンに対して、収容所のゾンダーコマンド(特別労務班)が撮影し歯磨き粉のチューブに隠して外へと持ち出された4枚の写真をもって、『イメージ、それでもなお』と反論したのがフランスの哲学家ジョルジュ・ディディ=ユベルマンだ。

ユベルマンは4枚の写真が決して「ホロコーストのすべて」を表象しているとはせずに、それでもなお、だからこそ、想像することを倫理的な責務として課している。そこで必要とされるのは、写真のイメージを前にした恣意的な連想という意味にとどまらない、写真に刻み込まれた痕跡についての徹底的な観察——ときに文字資料や同時代の証言などと組み合わせて——に基づいた「歴史的想像力」である。

本作の完成までにおよそ10年もの年月をかけたジョナサン・グレイザーや制作チームが、詳細で綿密な取材と調査のもとに築き上げたのはまさにこの「歴史的想像力」ではないだろうか。そして、『関心領域』に刻み込まれたその「歴史的想像力」が、私たち観客の「想像力」を導き、拡張させる。

『関心領域』が生み出す「想像の連鎖」はまさに、ゾンダーコマンドが4枚の写真に添えた「拡大した写真はもっと遠くにまで届くはずだ」というメモ、そこに込められた祈りにも似た”なにか”に応えようとしているように思えてならない。

コメントする 1件)
共感した! 19件)

3.5 精神や体調に支障がでていることを祈る

2024年7月6日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

・新しい効率的な焼却炉の商談 ⇒ それはゴミではなくユダヤ人を焼却する炉
・好きな服を選んでいい ⇒ それはユダヤ人から剝ぎ取った毛皮や服
・歯で遊ぶ子供  ⇒ それは恐らくユダヤ人の歯

ここまで麻痺するのか。いや麻痺しうるな。そういう空気、ご時世、雰囲気になっても人間らしさを見失わず正しいことを全うできるか?恥ずかしいことに100%の自信がない。だからこそ自戒し続けなければ。

最初から最後までずーっと叫び声や怒声や銃声がバックに流れる。
これが音響のいい映画館で観た方がいい「これまでにない理由」だ。

あの音をBGMに暮らすのは、いくら裕福でも精神に支障を来すはず。
そういえば、妻も子供も少しずつそういう兆候(ヒスなど)があったような。
また、裕福とはいえ、幸せそうにも見えなかった。「自分は恵まれている」と無理に思いこもうとしているように見えて仕方がなかった。

いや、きっとそうであって欲しい。
人間として、全く平気であって欲しくない。人間はそうじゃないと思いたい。

※リンゴを挿していくシーンは何なんだろ?そういえば塀の向こうでリンゴで争いになっている(と思われる)シーンもあったな。このリンゴなんだな。
※よく分からなかったシーンがたくさんあった。川に流れてきたのは何?とか。あらすじを書いたサイトや考察を早く読みたい。
※A24っぽさ全開。しかし、なんかパターン決まってきたな。

コメントする 1件)
共感した! 24件)

3.5 人間というグロテスクな生物

2024年7月6日
iPhoneアプリから投稿

悲しい

怖い

ネタバレ! クリックして本文を読む

タイトルが控えめに添えられ、大胆な黒の余白が何かを暗示するかのようなそのポスターを見た時から、「これは見なくては」と心がザワザワとしていました。そして遅ればせながら観ました。

あらすじで紹介されている通り、アウシュヴィッツ強制収容所の隣地に自宅を構える所長と家族たちの日常が淡々と描かれていきます。

壁一枚隔てた先には地獄以外の何物でもない世界が広がる一方で、所長宅では子供たちが駆け、妻は庭木の手入れに汗を流し、家族の誕生日には笑顔でケーキを囲むのです。(所長は"荷物"の効率的な焼却方法について考えを巡らせる)

作中で、収容所内部や収容者たちの姿が描かれることはありません。たしかに家族の視点では中の様子なんて知る由も無いので、当たり前かもしれません。

ただし家族も当然に共有しているものとして、昼夜問わずに「音」が聞こえてきます。
何かにすがるような泣き声、断末魔のごとき叫び、タララっと乾いた音で響く銃声──。
壁の向こうからあらゆる音が聞こえてくるなかで、家族たちは平然と幸福な日々を重ねていきます。

これを「なんて冷酷な人たち!」とも言い切れません。
私たちの多くも、日々、テレビや新聞で世界中の悲惨な現場を、あるいは日本国内における悲劇的事象を見聞きしながらも安穏と暮らしているのですから。
……と考えれば、作品に登場する家族は、概念としては人間誰しもが入れ替え可能であるもの、とも言えるかもしれません。

視覚的なエグさは0なのに、人間のグロテスクさをこれでもかと炙り出す一作。ゾッとします。人間に。

コメントする (0件)
共感した! 18件)

さんのブロックを解除しますか?

さんをブロック

ブロックすると下記の制限がかかります。

  • ・お互いのアカウントをフォロー出来なくなります。
  • ・お互いのレビュー、コメント、共感した!、Check-in情報を見ることが出来なくなります。
  • ・過去のあなたのレビューに対するさんのコメント、共感した!が表示されなくなります。
  • ※あなたがブロックしたことは相手側に通知されません。

他のユーザーは「関心領域」以外にこんな作品をCheck-inしています。