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さようなら、ありがとう新世界国際劇場 20代映画研究者による最初で最後の鑑賞実録レポート

2026年4月1日 22:00

👁 3月31日に閉館した新世界国際劇場
3月31日に閉館した新世界国際劇場

3月3日、一つの映画館の閉館を告げる知らせが、映画好きのあいだに静かな衝撃を走らせた。以下は、その告知の一部である。

「新世界国際劇場・地下劇場閉館のお知らせ

平素は当劇場にご来館頂き、誠に有難うございます。

常日頃ご利用されているお客様に残念なお知らせですが、 諸事情に依りまして、 3/31(火)をもちまして新世界国際劇場・地下劇場を閉館させて頂きたいと存じます。

当然のことながら、閉館に伴いまして3/31(火)で当劇場絵看板は終了!! となります。

また、当劇場建物(旧大阪南陽演舞場)は インバウンド副都で文化的価値がなく反対の声もないので6月以降に新所有者が跡形なく徹底破却!!!となるとのことです。

誠に残念なお知らせですが、すでに決定していることなのでご理解のほどよろしくお願いいたします。」

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「徹底破却」などという物々しい言葉が、告知に並んでいる。だが、ここで失われるのは建物だけではない。日本の映画産業の歴史の一頁が静かに閉じられ、かつて映画館という場所が担っていた「コミュニケーション」のかたちもまた、ひとつ消えていくことを意味している。

ストリーミング配信が主流となった現在、映画館はもとより、ビデオショップが街の風景として存在していた時代さえ、すでに過去の記録へと退きつつある。そうした時代の手触りを、現場で経験する機会を持たない二十代の映画研究者・ジャーナリストにとって、この喪失はあまりに大きいものだ。一刻も早く現地に向かうべく、私は大学の友人(後輩)でもある一人の若きシネフィル――まさに、アントワーヌ・ド・ベックの意味するところのシネフィルを体現する人物――に連絡を取り、これまで一度も足を踏み入れたことのなかったその映画館を訪ねることを決意した。

この映画館を訪ねることがなかったその理由は、単純な地理的な事情に還元できるものではない。確かに、筆者が大阪に移り住んだのは2025年4月というまだ一年前にも満たない時期であり、大阪という都市の輪郭を十分に把握するには、あまりにも短い時間であったという事情もあった。しかし、それ以上に大きい理由は、この映画館が持つとされてきた性質そのものである。

そこは、単に映画を鑑賞する場としてではなくハッテン場として知られ、痴漢行為も頻発する場所として語られてきた。すなわち、国際映画祭の取材を単独でこなす人間であっても、なお一人で足を踏み入れることをためらわせる――そうした評判を帯びた場所であったのだ。

そして、こうした性格は個別の映画館に固有のものというよりも、それが位置する新世界という街の歴史と無関係ではない。この地には、日雇いの肉体労働者が集まり、夜になると酒場で飲み、騒ぎ、束の間の解放を享受する空間が形成されていた。戦後まもない1947年、ジャンジャン横丁の開業とともに六つの映画館が営業を開始したという。1955年には、合わせて20館を超える映画館がひしめき合う一大興行地帯が形成された。高度経済成長期において、新世界は労働者の街としての性格を強めると同時に、映画館もまた彼らを主な観客とする娯楽装置として機能していく。

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通天閣のほど近くに位置する新世界国際劇場と新世界国際地下劇場が興行を開始したのは、1950年6月のことであった。その前身は、1930年に竣工した芝居小屋の一つ、南陽演舞場である。戦後、大衆娯楽の中心が芝居から映画へと移行するなかで、この建物もまた時代の要請に応じるように映画館へと転じていった。こうした300席の座席数を有する新世界国際劇場では洋画三本立てが上映され、入場料は一般1000円、学生700円。200席の座席数を有する新世界国際地下劇場は成人映画館へと転向し、新東宝、新日本映像、大蔵映画などによる成人映画作品を三本立てで上映していた。入場料は一般800円。この価格は、コロナ禍を経て各映画館が値上げに踏み切った中でも、決して変えなかったというのだから、驚きである。

特徴的なのは、両館を往来することを前提とした制度である。共通券を購入すれば割引価格で二館をはしごすることができ、外出券も発行される。つまり、朝は洋画を観て、いったん外に出て食事をとり、午後は地下で成人映画を観る――そうした過ごし方が、制度として可能であった。実際に、その共通券を手にしたとき、ここが単なる上映空間ではなく、時間の過ごし方そのものを組み替える装置であったことに気づかされる。

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こうして、この映画館は、二番館、三番館として低価格で作品を提供し、多くの人々にとって日常の気晴らしの場となっていったのである。そのことは、かつて一度、休館を知らせる貼り紙が出された際、閉館を危惧した常連客が「この映画館をつぶさないでくれ」と叫びながら劇場前に集まり、ついには警察が出動する騒ぎにまで発展したという逸話からも十分理解できることだろう。このような歴史を背負った場所であるがゆえに、映画について何本かの文章を書いているに過ぎない若造が、軽々しく一人で足を踏み入れることには、どこかためらいが残る。そこには、単なる上映の場を超えた固有の空気が醸成されているからだ。

だからこそ、しっかり準備しなくてはならない。映画祭やイベントの取材を重ねるなかで、次第に理解されてくることがある。それは、上映の場がそれぞれに固有のリズムと規律を持っており、それに触れるためには、見る側の身体もまた、ある種の敬意をもった「準備」を要するということである。敬意とは観念ではなく、場に身を置くための具体的な身構えにほかならない。

今回ともに訪れることになった後輩は、柔道部で10年間鍛錬を積み、その並外れた体力を背景に映画研究に没頭し、時間があれば映画館に通い続けている、いわば映画学徒の模範とも言うべき存在であった。閉館の報を伝えたとき、彼は間を置くことなくいくつかの日程を送り返して、短くこう言った。「小城さん、私たちは行かなければなりません」と。

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新世界東映での「殺人拳2」(小沢茂弘、1974年)のフィルム上映で心の準備を整えたのち、私たちは新世界国際劇場へと向かった。入口には、上映作品のポスターと、いまでは秋田県の御成座などごく限られた劇場でしか見られなくなった手描きの看板が掲げられている。そこには作品名だけでなく、プログラム全体を貫く一種のスローガンが、大書されていた。閉館が告知されて間もない時期であったためか、看板には次のような文言が踊っていた。「吉報!! 腐れ劇場3月閉館!! ラスト第一弾 最狂地獄傑作!!」。自嘲と挑発がないまぜになったその言葉には、ただ終わりを告げるのではなく、最後の瞬間まで興行をやり切ろうとする、奇妙なまでの気品が宿っていた。

国際劇場と国際地下劇場、それぞれの三本立て券を購入すると、共通券が渡される。これ一枚で二つの劇場を行き来できるという。まず足を踏み入れた国際劇場のロビーでは、常連と思しき女装の客たちが煙草をくゆらせながら談笑していた。上映後にも同じ場所に姿があったところを見ると、映画鑑賞そのものよりも、この空間で時間を過ごすことに意味があるのだろう。喫煙所も年季が入っており、劇場内部を除けば、ほとんどすべての場所で煙草を吸うことができる。コミュニケーションは、すでにロビーから始まっている。

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上映作品は「モンテ・クリスト伯」(2024)。ポスターの横には、支配人が考えたであろう次のような文言が躍っている。「無実の罪で地獄送り!怒り狂う獄中男歩む復讐魔道!」「脱獄で得た財宝使い、敵外道に猛接近!」「狙うは敵の屈辱破滅!血塗られた闘い!」いささか物々しいが、作品自体もまた、その過剰さに見合う物語を確かに備えていた。

事前に下調べを行い、館内での行動は基本的に後輩と二人での行動としていた。そのうえで一階席中央の列に席を取り、間隔をあけて座った。そこにいれば、不用意に声をかけられることは少ないと聞いていたからである。もっとも、作品そのものをきちんと観たいという意図もあった。

この日の客の入りは十人に満たない程度であった。劇場の内部に設けられたトイレから漂う匂いもまた、建物の時間をそのまま閉じ込めたような濃度を持っている。いくつかの便器が使用できなくなっている様子さえ、この場所の在り方の一部のように思われた。そうしているうちに、上映前のアナウンスが流れる。その内容は、さらにこの場所の性格を際立たせるものであった。「上映中は、カバンその他の所持品に充分ご注意ください」「スリや暴力を見かけた場合は、警察までご連絡ください」通常の映画館であれば、携帯電話の電源や観覧マナーについての注意が繰り返されるところだが、ここでは前提そのものが異なる。郷に入っては郷に従え、というほかない。上映中、いつも使っているバッグは膝の上に置いたまま離さないことにした。

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やがて上映が始まる。映画泥棒が出演する盗撮防止キャンペーンの映像が流れ、予告編に続き、本編へと移行する。映画館に通い慣れた者にとっては、見慣れた導入である。しかし、どこか落ち着かない。場内が、終始わずかに明るいのだ。後方の出入口のドアが開いたままになっているためである。途中入場を前提としているからなのだろう。とはいえ、こうした光景自体は珍しいものではない。

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異様であるのは、その後である。二階席付近が、終始明滅している。上映後に調べたところ、トイレの照明の不具合によるものらしいことがわかった。視線を二階席の右に移すと、壁際に人影が集まっている。そのとき、奇妙なことに気づく。てすりにかかっているはずの棒のような影が、一本に見えたり、二本に見えたりするのだ。目の錯覚かと思ったが、よく見ればそれは固定された物ではなく、人の身体の一部が重なり合い、離れ、また重なることで、数が変化していることに気づく。人影はやがて散り、しばらくすると、また別の人々が同じ場所に集まる。その反復が、おおよそ二十分ほどの周期で繰り返されていた。

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正面へと目線を戻す。最前列に座った男女(ロビーで見かけた女装の客であろうか)のうち、ふいに女の姿が視界から消える。やがて元の姿勢に戻り、再びかがむ。その動きが断続的に繰り返される。さらに別の男女は、途中で入場するとほとんど間を置かずに身体を寄せ合い、女が男の膝元に手を伸ばす。その動きは隠されることなく、スクリーンの光に照らされながら、こちらからもはっきりと視認できる。しばらくするとその行為は終わり、男は衣服を整え、二人は何事もなかったかのように場内を後にする。

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こうした出入りは絶えず続いている。場内を歩き回る者、誰かに声をかける者。応じてもらい行為に参加する者もいれば、拒まれてまた別の相手を探す者もいる。個室らしき空間の中に入っていく集団もいる。この映画館では、映画の進行とは別の時間が流れている。それでもスクリーンは、何事もなかったかのように投射を続けている。観客のまなざしは、スクリーンと場内とを行き来し、その境界は次第に曖昧になっていく。ふと気配を感じて振り返ると、二階からこちらを見下ろす視線がある。映画を見る者、そして見られる者。視線そのものが、もう一つの現実として立ち現れている。

当然ながら、映画そのものを落ち着いて鑑賞できる環境ではない。だが、そもそも映画を観るとは、その映画館という場に身を合わせることでもあるはずだ。たとえばトロント国際映画祭で映画を観るならば、一般上映の時には広告に手拍子が起こり、上映中には笑い声が響き、明かりがつくとエンドロールが流れ終わるのを待たずに観客は退場する。そうした慣習の中で、「上映中に騒ぐべきではない」や「最後まで席を立つな」といった日本人的な規範を持ち込むことが無意味であるように、この映画館においてもまた、別の規律が働いている。ここでは、映画はスクリーンの内側だけにあるのではない。場内で交わされる視線やコミュニケーション、それらすべてを含んだかたちで経験されるものも、また映画なのである。

👁 こちらはトロント国際映画祭の会場のひとつ
こちらはトロント国際映画祭の会場のひとつ

上映後、ロビーの喫煙所に身を置くと、常連らしき人々の会話が自然と耳に入ってくる。その傍らで、我々は先ほど観た「モンテ・クリスト伯」について簡単に話す。ロビーに腰を下ろし、煙草の煙に包まれながら映画の話を続けることのできる場所は、いまや多くは残されていない。多くの映画館では、喫煙所そのものが撤去されており、また一作品の上映が終われば観客は足早に去っていくからである。しかしここでは、三本立てという形式が時間の流れを緩やかにしていると言えよう。次の上映へと移ることもできれば、その回をやり過ごして語り続けることもできる。座席は自由で、出入りもまた自由である。その自由さのなかで、映画は続き、言葉が交わされる。

👁 「モンテ・クリスト伯」
「モンテ・クリスト伯」
(C)2024 CHAPTER 2 – PATHE FILMS – M6 - Photographe Jérôme Prébois
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地下劇場へと降り、「女教師 危険な放課後」(田村孝之)を観る。場内の様子は、一階と大きくは変わらない。後方には出会いを求める男たちが手すりを持ちながら立っており、歩き回る者の姿もある。それぞれが暗黙の領分をわきまえながら、空間を使い分けているようにも見える。

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しかし、ここでは別のかたちで、この映画館の時間の堆積に触れることになる。上映が終わり、明かりがついたときのことである。ふと前方に目をやると、座席の一部が大きく潰れているのが目に入った。単なる損傷というよりも、長年の使用の果てに、構造そのものが疲弊しきっているような状態であった。一席間隔をあけて座っていた後輩も、小さく声を潜めてこう言った。「実は、自分が座っていた席も壊れていたのです」。

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一階とは異なり、地下劇場には明確な出入口の区切りがない。階段を降りると広がる地下空間の奥に、スクリーンが掛けられ、映画が投射されている。その簡素さゆえに、ここでは映画が上映されているという事実そのものが、どこか仮設的なもののように感じられる。それは、映画館にいるというよりも、むしろ時間だけが取り残された空間に身を置いているような感覚であった。いわば、上映という行為だけがかろうじて持続している、ひとつの廃墟にいるかのようだった。

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今回の閉館理由の一つには、建物の老朽化があるという。上映に先立ち、前身である南陽演舞場の面影を確かめるため、周囲を幾度か歩いた。建物はたしかに古びている。しかし、その外壁には「シャイニング」におけるジャック・ニコルソンのスチルを模写した看板が残され、正面に回ると何度もポスターを貼り替えてきた痕跡をとどめる掲示板が目に入った。それらはいずれも、単なる装飾ではなく、映画広告という文化の痕跡である。上映を観た後、後輩とともに写真を撮りながら劇場を後にする。そのとき、新世界国際劇場の閉館は単なる映画館の閉館ではないのだという思いが、改めて強くよみがえってくる。

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ここで終わるのは、一つの映画館ではなく、一つの時代である。映画はただ鑑賞されるものではなく、場のなかで交わされる視線や会話と結びつきながら経験されていた。現在の映画館が、しばしば静粛と個別性を前提とした空間へと変化していくなかで、この場所が保持していたコミュニケーションのあり方は、むしろ例外的なものとなりつつある。映画とは、スクリーンの内側に閉じた表象ではなく、見ること、集まること、時間を共有することと結びついた営みでもある。その意味において、この劇場の閉館は、単に物理的な空間の消失にとどまらず、そうした経験の一つのかたちが失われることを意味している。あまりに惜しい幕引きである。(小城大知

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フォトギャラリー

執筆者紹介

小城大知 (おぎ・だいち)

映画研究者、ジャーナリスト。1998年生まれ。専門は映画研究(とりわけ映画作家クリス・マルケルを中心としたフランス映画およびドキュメンタリー)、表象文化論。東京大学大学院総合文化研究科にて学術修士号取得。現在、大阪大学大学院人文学研究科博士後期課程に在籍中(指導教員は東志保先生)。 学術研究と並行して、トロントや釜山といった国際映画祭、新潟国際アニメーション映画祭やAnimeJapanといったアニメーションイベントを取材し、その成果を映画.comなどに批評・記事として寄稿。また、自主上映活動も行っており、これまでクリス・マルケルやリタ・アゼヴェード・ゴメスの作品上映にも携わっている。



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