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⇱ アコースティック・ユニット、YoLeYoLeのライヴ音源を独占配信&インタヴュー - OTOTOY


2015/09/18 16:10

7年ぶりに漕ぎ出した「こぶね」ーーアコースティック・ユニット、YoLeYoLeのライヴ音源を独占配信&インタヴュー

児玉奈央、Ryuji、上田 耕平のアコースティック・ユニット、YoLeYoLe。2005年に結成し2年間の活動後、活動休止するも、昨年2014年の夏に、7年ぶりに活動を再開し、2015年8月に2ndアルバム『こぶね』をリリース。2015年9月24日(木)には、横浜市開港記念会館大講堂にて『こぶね』発売記念出航ライヴ・パーティーを記念して、OTOTOYでは2015年8月29日に行なわれた静岡県御前崎でのビーチ・フェス「WINDBLOW '15」での音源を独占配信。そして、再始動についてメンバーの児玉奈央とRyujiにインタヴューしました。

YoLeYoLe / Live YoLeYoLe 05 @ WINDBLOW 2015/8/29
【配信形態】
ALAC / FLAC / WAV / AAC / MP3

【価格】
まとめ購入のみ 1,296円(税込)

【Track List】
01.じゅうたん / 02.MELLOW MOOD / 03.ピュア / 04.大調和 / 05.星降る橋 / 06. かんたんな魔法
※こちらのアルバムは全てのトラックが連結し、1つのファイルになっています。

INTERVIEW : YoLeYoLe

YoLeYoLeの『Live YoLeYoLe 05 @ WINDBLOW 2015/8/29』を聴かせてもらって、インタビューをしたいと思った。こんなに自然に演奏しているのに、風を感じることが出来るのは、彼女達のマインドと技術が、相当上質だからだ。僕は、残念ながら2005年頃のYoLeYoLeを知らない。でも想像することは出来る。カフェ等でYoLeYoLeを偶然観た女の子が、どんどん彼女たちを好きになっていったことを。そして、多くの人が、このサウンドを求めたことを。

取材& 文 : 飯田仁一郎
構成 : 天野東成
撮影 : 坂村健次

繋がっていく人脈を大事にして活動していた

ーー2007年に活動休止したのは、なぜだったのでしょうか?

児玉 奈央(以下、児玉) : ライヴをやり過ぎたんです。年間100本を2年間やって、単純にくたびれてしまって。

Ryuji : 結成当初は3人とも「ライヴやりたいやりたい!」って思っていて。音楽を毎日したいなと思って。奈央ちゃんは元々他のバンドをやってたんですけど、その時から僕や耕平(Gt.上田耕平)とは仲が良くて。2005年の12月に3人でライヴをする機会があって、それがすごく相性が良かったんです。だったらライヴをどんどんやっていこうって話になったのが最初です。

ーーそれはつまりこれからライヴで日本中、世界中を回って生活するぞ、というような気持ちで?

児玉 : そうですね。ライヴはもっとやりたいけど、生活のためにはバイトをしなきゃいけない。そういう思いが3人とも一緒で。

ーーそれで3人ともビビッときたんですね。その後すぐにアルバムのリリースもあって、ライヴ活動も順調だったように見えたんですが、実はそうではなかったということですか?

児玉 : 自分たちが思った以上に色んな所に呼んでもらって、その内2、3回ぐらい同じ所でライヴをすることになるんです。でも2回目にも同じ曲しか出来ないのがすごく心苦しくて。新しい曲を聴かせたいと思っても、ライヴに追われて制作が出来ない状態で。それで1回休憩しようってことに。

ーーさらにステップ・アップしようというような話は無かったんですか?

Ryuji : メジャー・レーベルからも話はあったんですけど、その時はまだ若かったし、自分たちのやりたいことをやろーって(笑)。

児玉 : あとは、草の根的な立ち位置に自分たちでも誇りを持ってて。そういう若さゆえのこだわりも強かった。

児玉奈央

ーーもしかして、こんな長い期間休むはずじゃなかった?

Ryuji : 活動休止後にみんなソロをやったんです。たぶんそこを追求したかったのもあったのかな。一人になった時にどんな音楽をやって、どんな旅をするのかを各自模索してて。そしたらいつの間にか7年も経ってしまいました。

ーーなるほど、その旅はRyujiさんにとってどんな旅でしたか?

Ryuji : 僕は知らない土地でどれだけ歓声を浴びて、どれだけ注目してもらえるか試してみたかったので、オーストラリアやシンガポール、マレーシアでバスキング(大道芸でショーの最後に帽子などを差し出して、客から投げ銭を集める事)をやったり、あとは幼稚園とか保育園を回って歌のおにいさんみたいな活動をしてる時期もありました。旅で会う日本人がYoLeYoLeを知ってくれていて、「いつかまたやらないの?」って声を掛けてくれることもありました。

ーーすごいですね。やはり得るものも大きかったのでは?

Ryuji : そうですね。YoLeYoLeっていう名前と、2人に頼っていた部分もあったので1人で修行が出来たのは良かったと思います。

児玉 : 私は、YoLeYoLeの活動シーンが草の根とか子供向けのナチュラルな方向だった時、自分の中でそれとは違った表現が出てきていた部分もあったので、活動休止中はそういう部分をさらに探っていました。それで出来たのが『MAKER』、『SPARK』等のソロ・アルバムだったんです。その間2回の出産もあったので、割とマイペースにソロ活動をしていました。

ーー上田さんはどういう生活を? 当時はまだ徳島にはいなかったと思いますが。

Ryuji : 湘南にいたんですけど、震災を境に徳島に。

児玉 : 徳島の親戚の家がたまたま空いてたので、「この際思い切って四国引っ越しちゃうわ」って言ってて。彼は彼でずっと天草(テングサ)っていうバンドを組んでて、YoLeYoLeがやってたような活動をさらに広げて日本中を回ってました。

ーー多くのミュージシャンがメジャーや武道館という大きな舞台を目指す中で、なぜそういった草の根的な活動を?

Ryuji : もともとYoLeYoLeは、ライヴ・ハウスよりもっとアットホームな所でライヴをやるスタイルで。ライヴ・ハウスだと色々システム・チックになっちゃうけど、仲の良い知り合いのレストランでライヴをやったら、お店もお客さんもミュージシャンもみんな仲間ってことで最高のパーティーになったんです。そこからまた違うお店やオーガナイザーを紹介してもらったり、そこで繋がっていく人脈を大事にして活動していたので。

児玉 : その2年間で全国に友達がたくさん出来たんですよ。その友達がまた友達を紹介してくれて、その繋がりをソロ活動でも活かさせてもらったり、自然とそういう流れになっていきました。

ーーそういう活動形態に行き着いたきっかけは何だったのでしょうか?

Ryuji : 僕らは小さい会場で出来るぐらいのスピーカーとPA機材を持っていたので、あとは音を出していいお店があって、音楽好きのレストランとかバーのオーナーがいればそれで成立してしまっていて。ミュージシャンがきればお客さんも集まってレストラン側にとってもプラスになるし、パーティーも出来る。それで周年パーティーに呼んでもらったり、そういう繋がりが出来ていきました。そもそも藤沢でYoLeYoLeを結成するきっかけになったのも、藤沢でそういうレストラン・ライヴが盛んだったからなんです。

児玉 : お店がバンドを応援してくれる、そういう土地のムードがあって。東京だとそういうお店って少ないですけど、それを湘南で始めたっていうのも大きいのかな。

ーーでもそんな夢のような生活を、なぜ2年で終えてしまったのでしょうか?

Ryuji : 毎日毎日ライヴで、こんな生活をずっと続けてたら体壊しちゃうんじゃないかってだんだん心配になってきて。それで3人で話し合いをして、活動休止をすることに決めました。

児玉 : 2人は私より若かったので毎日でもライヴしたいって言ってたんですけど、私が疲れちゃったんです。歌ってすごい消耗するし、発することばっかりでインプットの時間が無くなっちゃって、バランスが取れなくなってたんです。

自分たちの出来についてよりも、みんなが色んな思い出と共に聴いてくれてることがすごい嬉しかった

ーーそれがなぜ去年改めて再結成することになったのでしょうか?

児玉 : 震災の余震の影響で石垣島の友人宅にいた時、ふいにYoleYoleの曲が聞こえてきて。気持ちが安らぐというか、それまで無かった感情が沸いてきて、もう一回3人で歌いたいなと思ったんです。そしたらギターの耕平君から「いまYoLeYoLeやらない?」って連絡がきたんですよ。「うわ、すごいタイミング良いな」と思ったんですけど、そしたらRyujiがタイにいたっていう(笑)。

Ryuji : ほんとタイミング悪いですよね(笑)。

児玉 : それでまたちょっと間が空いちゃったんですけど、YoLeYoLeのアルバムをリリースしているレーベル、タフビーツの10周年パーティーの時に、「またYoLeYoLeやらないか」って話がきて。人に求められてるって感じると動きたくなるから、じゃあ今かなって。

Ryuji : 当初は一日限りでやろうって話だったんですけど、周りの仲間達の後押しがあって、本格的に活動再開することになりました。

ーーなるほど。実際ライヴをやってみていかがでしたか?

児玉 : その時は過去の自分たちを再現するのに一生懸命になって終わっちゃったんです。でも聴いてくれたみんながすごく良かったって言ってくれて。子供がいなかった人が親になって、子供と一緒に当時の曲を聴いてることに感動してくれたりとか。だから自分たちの出来についてよりも、みんなが色んな思い出と共に聴いてくれてることがすごい嬉しかったですね。

YoLeYoLe song「YoLeYoLe完全復活大感謝祭」
YoLeYoLe song「YoLeYoLe完全復活大感謝祭」

ーーそこから今回のアルバム制作に至った経緯について聞かせてください。

Ryuji : 何とかライヴはやったんですけど、どうしても7年前の音源をそのままコピーしているだけな気がして。それでせっかくだから新しい曲を作ることになりました。

児玉 : 制作はギターの耕平君にRyuji君の家まできてもらって。うちは子供が2人いるんで、リハーサルはここの上のスタジオにきてもらってプリプロを録りました。

ーー児玉さんの曲だけでなく、上田さんの曲もありましたね。

児玉 : 私だけだと全部は時間的に無理ですって伝えたんです。

ーーリリースするタイミングは決めていたのでしょうか?

Ryuji : そうですね、だいたいのスケジュールは。1人何曲か持ち合って3人で話し合って、これは下地が良いから上に曲を乗せてみようとか。

ーーアルバム『こぶね』を出してみての感想は?

児玉 : 客観的に自分たちの良さを表現出来たんじゃないかと思ってます。普通バンドって1年~2年サイクルで出すと、次は奇を衒ったもの、次はちょっと趣を変えて、とか考えると思うけど、7年経つと良かった部分しか浮かび上がってこなかったんです。シンプルにYoLeYoLeの作品を作ろうと思えたのは私としては良かったかなと。

Ryuji : 作るときにどうしても前の作品のこととか、「YoLeYoLeっぽさって一体何なんだろう?」って考えちゃうんですけど、7年間各自積み上げてきたものはあるし、今ここで真っ白にして今1番良いものを持ち合いました。どことなく昔のYoLeYoLeっぽさを残しながらも、それがもう全く昔とは違ったYoLeYoLeだということを強く感じながらレコーディングして。ほんとに今の3人の力を合わせた良い作品が出来たなと思ってます。

各自やりたい活動を続けつつ、YoLeYoLeに力を集結させていく

ーー9月に横浜市開港記念会館でのライヴもありますが、今後はもっと地続きにやっていこうという気持ちなのでしょうか?

児玉 : 前みたいなハイペースはもう無理だと思うんですけど、私たちなりのペースで。でももっと広げたいし、もっと大きい会場でもやりたいです。

ーーそれは児玉さんならソロ、Ryujiさんなら海外、というスタンスも取りながらYoLeYoLeを続けていくということですか?

児玉、Ryuji : そうですね。

Ryuji : でも最近は3人とも各自やりたい活動を続けつつ、YoLeYoLeに力を集結させていくんじゃないかっていう印象はありますね。

ーー開港記念会館でのライヴはどういったものになるでしょうか?

Ryuji : これはもうYoLeYoLeが今まで出会った中でも最高のプロフェッショナル・チームですね。舞台監督から、今回制作してくれているマイクロ・アクションさんとかも、実はみんな友達なんです。

ーーそれはつまり7年前からの?

Ryuji : そうですね、結成した当時から知ってる人ばかりで。みんな1つのブランドとして成長してて、プロフェッショナルとして活動してる人達で。特に繋がりの深いスタッフにも協力してもらって、この開港記念会館で自分たちの出来る最高のステージにしようと企画を立てているところです。

児玉 : 一見敷居が高そうな会場なんですけど、子連れもみんなOKだし赤ちゃんも連れてきて欲しいし。そういう会場だけどすごくフレンドリーっていうか、そういうことをやってみたくて。

Ryuji : この会場は音の響きがほんとに綺麗なんです。内田直之さんもPAできてくれるので、ほんとにアルバムの大発表会をやるような気持ちです。

児玉 : 会場が全然決まらなくてすごい悩んでたんです。そしたらRyujiが「開港記念会館どう?」って言ってここに決まって。こぶねが出航するぞっていうワクワク感をみんなに味わってもらえれば。

ーーこのライヴ以降はどんな予定になっていますか?

Ryuji : 何か他のバンドがやらないような面白い企画をやっていきたいです、「え、何考えてんの?」って思われちゃうぐらいの。フリー・パーティーとか、大感謝祭で入場フリーとか。この日もきてくれた人にCDをプレゼントしたり。

ーー次のアルバムの予定はありますか?

Ryuji : もう少し『こぶね』の曲をライヴでやって、タイミングがあれば3人のまた新しいものを作っていきたいと思います。

YoLeYole過去作、ヴォーカル児玉奈央の作品はこちらから

YoLeYoLe / こぶね

少し大人になったYoLeYoLeが7年ぶりに届ける2枚目のスタジオ・アルバム『こぶね』神奈川県の自然にかこまれた清川村のスタジオで収録された今作は、一曲のみスライドギタリストの佐藤克彦が参加しているほかは、ほぼメンバー三人だけでアレンジし、演奏されたオリジナル楽曲。エンジニアには内田直之を迎え、ギターとマンドリンと唄の音色から繰り出す唯一無二のYoLeYoLeサウンドはさらに深く暖かく進化している。海で、山で、旅の途中に、そして日常の生活の中で、聴く場所も、聴く人さえも選ばない人懐っこい作品の誕生。

YoLeYoLe / ひかり

アコースティック・ギターとマンドリン、心に響く紡ぎ歌。巷で話題のYoLeYoLe、待望の1st Album! 2006年、約100本以上のステージをこなす中、徐々に暖めてきたオリジナル曲の数々を、藤沢の『YoLeYoLe House』と富山の『village gate』で長い時間をかけてゆっくりと録音しました。レゲエ、ブルーグラス、フォーク、民族音楽、jazzなど、あらゆる要素が混ざり合う変幻自在なサウンドと、心がゆるやかに解放されていくようなピュアで飾り気のない歌。どことなく懐かしくありながらも、今までにない全く新しい音がここに誕生しました。

児玉奈央,Predawn / LIVE in Sense of Wonder 2011 (DSD+mp3 ver.)

Sense of Wonder 2011での児玉奈央 、Predawnのステージからそれぞれ3曲をピック・アップし、高音質のスプリット・ライヴ・アルバムとしてOTOTOYからリリース。

児玉奈央 / MAKER

彼女が新たな心境で挑んだ今作は、変化する事を恐れず、創造し続ける人々への共感と想いを綴った意欲作。シンガーとして、一人の女性として、彼女の世界観が色とりどりに散りばめられた一枚。メンバーに、椎野恭一(Dr. /GOMA & THE JUNGLE RHYTHM SECTION / Magnolia)や佐藤克彦(Gr.)を始め、Caravan、ハナレグミでおなじみのPすけ(Per.)、伊賀航(Bass)率いる”lake”、グッドラックヘイワの野村卓史(Key)等、豪華ミュージシャンが参加。YoLeYoLeとはまた違う、児玉奈央の「うた」が力強くまっすぐに響くファースト・ソロ・アルバム。

LIVE INFORMATION

2015年9月19日(土)@四日市Advantage
2015年9月20日(日)@鴨江アートセンター

YoLeYoLe presents 『こぶね』発売記念出航ライブパーティー!

2015年9月24日(木)@横浜市開港記念会館大講堂

OPEN 17:30 / START 18:30
前売 2,800円 / 当日 3,300円

Live:YoLeYoLe with 内田直之(PA)
ゲストミュージシャン : 佐藤克彦 ギター / 酒井杏 ボーカル / 宮下広輔 ペダルスチールギター
デコレーション&出店 : Halenova
DJ : Tommy Returntables
照明 : 篠原力 制作 : microAction

◎WEB予約先着150名さまに会場で特典CDRをプレゼント!
残りわずかです。お早めにどうぞ。

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PROFILE

YoLeYoLe

児玉 奈央(唄)、Ryuji(マンドリン)、上田 耕平 (ギター)のアコースティック・ユニット。2005年12月藤沢、Honma美容室のX'mas partyでRyuji& friendsとして初めて3人で演奏。地元のあたたかい後押しをいただき、当初その日限りのユニットであったはずが、YoLeYoLeという名前に改名して、本格的に演奏活動をはじめた。

YoLeYoLeは、寄れ寄れ、fun、小舟、泥酔… 世界各国の、さまざまな意味をもった造語。2006年初夏には、北陸、関西、東海、関東と14日間で12公演の初ツアーをおこなう。
各地の友人たちの応援で、伝説的なツアーになった。その後も、ひかり祭、白山 虹の祭、京都 山水人、豊橋 Thanks village、横須賀 Hobo festival、はらっぱ祭り、Joy streem、Eco Beats湘南、Shonan Space Connection、Peacenic、九州session treeなど各地のお祭やイベントに参加。

2006年秋には、Live YoleYole 01@ cajon, Kanazawaをリリース。2007年は、 6月6日に1stアルバム『ひかり』をリリース、同時に、東北ツアー、アースデイ六ヶ所村、Oshino Dead、Earth Garden,Earthday Tokyo、半蔵星祭り、Fuji Rock Festival、Natural Highなどに出演。2007年 12月 かねよ食堂にてPeacenic主催のKaNeYoLeを最期として、2年間の活動に終止符。活動休止。休止後、2枚組のライヴ・アルバム『KaNeYoLe』をリリース。約8年間の眠りから覚め、2014年夏、少しだけ大人になった3人が、新たな旅へ。

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J J

パンク・バンドLimited Express (has gone?)のギター・ボーカル。BOROFESTAの主催者。ototoyの取締役。JUNK Lab Recordsのレーベル・オーナー。ライターやイベント・オーガナイズも多数。

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