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2021/10/27 20:00

なぜ、水曜日のカンパネラは第二章へ進む道を選んだのか!?──メンバーそれぞれが語る、これからの野望

詩羽(水曜日のカンパネラ)

2021年9月。コムアイが脱退し、二代目主演・歌唱担当の詩羽が加入するというニュースで、多くの音楽ファンを驚かせた水曜日のカンパネラ。初期から活動を追っていたOTOTOYとしては、その経緯を探るべく、すぐさま取材を実施。二代目主演・歌唱担当の詩羽、音楽担当のケンモチヒデフミ、その他担当のDir.Fの3人を迎えて話を聞きました。第二章がはじまるようになったきっかけから、3人が抱くこれからの野望について、たっぷりと語ってもらった今回のインタヴュー。読めばきっと、第二章の水曜日のカンパネラから目が離せなくなるはずです。

水曜日のカンパネラ、第二章の幕開け!

INTERVIEW : 水曜日のカンパネラ

水曜日のカンパネラの歌い手が、コムアイから詩羽に変わる貴重なインタビューをさせてもらった。変わるというニュースを聞いた時はマジか! と思ったけれど、3人の話を聞いていると、全くもって違和感はない。Dir.Fは変わらずとても真面目だし、ケンモチはとにかくおもしろい。そして詩羽は、なんか圧倒されるほどかっこいい! カレーではなくハヤシライスになった水曜日のカンパネラを、一粒残らず味わい尽くしたいと思う。とにかく未来が楽しみ!

インタヴュー : 飯田仁一郎
文 : 西田健
撮影 : 興梠真穂

何かしらこのバスを走らせようとした

──詩羽さんを迎えた第二章がはじまるようになったきっかけを教えてください。

Dir.F : 武道館公演の終わりくらいでそれまでの水曜日のカンパネラの延長線とは違うスタイルでの表現方法がコムアイの中で沸々と湧いてきていて、そのやりたいことを模索していたのがYouTubeとの企画でした。その中で『YAKUSHIMA TREASURE』というプロジェクトが生まれたんです。コムアイのストーリーとしては「この方向性が絶対に正解だと」思っていて、元々彼女自身色々なところに旅をしていた経験もあり、一つのところにおさまるようなタイプでもなかったので理由としても理解しやすかったです。そして、水曜日のカンパネラで音楽活動をしていく中で、色々な音楽をもっと勉強したいという話もしてくれていました。そこで、国境や民族をこえて色々な音楽にも触れて新たな自分の可能性を探っていたようでした。それで、あるタイミングで「薄々わかってるかもしれないんですけど… ちょっと離れたいと思ってるんです」という話があり、いずれこうなるかもしれないなと思ってもいたので、ショックではあるけどすんなり受け止めれた気がします。

YAKUSHIMA TREASURE LIVE at LIQUIDROOM 2019
YAKUSHIMA TREASURE LIVE at LIQUIDROOM 2019

──その頃、ケンモチさんはどんな感じだったんですか。

ケンモチ : 水曜日のカンパネラとしての活動が止まっている間、僕はやりたいことをやっちゃおうと思って。例えば、シカゴフットワークに興味が出てきて。そういう今までと違った世界観に没頭していていたんです。他の方の楽曲提供のオファーをいただくこともあったんですけど、「水カンっぽい曲をお願いしたいんです」っていうのが多くて。でも、それができなかったんですよね。本家のコムアイのためにこの水曜日のカンパネラのシステムは取っておこうと思っていて。なので、カンパネラ本体が動いているときは、それっぽい曲はお断りしてたんですけど、それもまあいいかなというところで、自分のなかで線引きしつつも、そういうお仕事を受けるようになっていたんです。そこから、2年ぐらいやっていったんですけど、あるときDir.Fからコムアイの今後について聞かされました。

──それから、詩羽さんが入るようになったのはどういう経緯があったんですか?

2021年9月6日(月)水曜日のカンパネラ 主演・歌唱“詩羽”
2021年9月6日(月)水曜日のカンパネラ 主演・歌唱“詩羽”

Dir.F : コムアイが抜けるにしても、「じゃあ、カンパネラはどうしていこうか」ということはずっと考えていて、解散というパターンと、休止してコムアイを待とうっていうのと、ゲスト・ヴォーカル制とか、ケンモチさんが歌うパターンとかそういうものをいろいろ考えていたんです。

ケンモチ : せっかくなにかやるんだったら、コムアイがいなくなってもなにかしら、このバスを走らせましょうみたいなノリで、いろいろ話をしていましたね。

Dir.F : その可能性のひとつとして、ゲスト・ヴォーカル制がおもしろいと思ったので、ぴったりくる人を探してたんです。8曲ぐらい出すとして、ひとりが何曲か歌うか、バラバラで歌うのかとかいろいろ思ってるなかで、詩羽に出会って。2回目に会った時に「この子だったらいけそう」って直感から確信に変わったんです。

──詩羽さんは、いまの活動をする前はどのようなことをしていたんですか?

詩羽 : 芸術系の学生をやりながら、フリーランスのモデル活動をしていました。

──なるほど。学生時代はどういう人だったんですか?

詩羽 : 中高くらいは、特に目立つこともなく、普通でしたね。興味があることもそんなになくて。高校時代は軽音を3年間やってたので、そのときはKANA-BOONとか、WANIMAとか、KEYTALKとか、ザ・邦ロックみたいなものを聴いてました。

──カンパネラはご存知だったんですか?

詩羽 : 中学のときに“桃太郎”が流行ったんですよ。“一休さん”も学校のみんなが知ってて「おもしろいなー!」って思ってました。

──特に目立つこともなく普通だった詩羽さんが、いまのようなファッションになったのはどのタイミングからなんですか?

詩羽 : 中高で、対人関係がうまくいかないことが多かったタイプなんですよ。普通とか当たり前とか、そういうのにぶつかっていくうちに、どんどん自分のことも嫌いになっちゃって。でも、自分のことをどうやったら好きになれるかを探していくなかで、まず見た目から変えようと思って。高校1年の冬くらいに、髪の毛を刈り上げにしてピアスを開けました。

──思い切りましたね! 高校の先生やクラスメイトの反応はどうだったんですか?

詩羽 : ピアスは隠してたんですよ。1年中、夏でも冬でも体育でもずっとマスクをして過ごして、ご飯のときだけ顎マスクで過ごしたりとかをして... でもバレたときに先生に指導は食らいましたね(笑)。髪も染めたりはしてないから、「刈り上げだったらいいかな」と思ったんですけど、「奇抜だからダメ」って言われました。だから「いや、奇抜ってなんですか?」って戦いましたね。

──見た目を変えてからは、考え方も変わりましたか?

詩羽 : 本当に自分のことをどんどん好きになりました。自己肯定感が上がるから、自信にも繋がって、「自分のこと好きなほうが幸せなんだな」って思いました。

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パンク・バンドLimited Express (has gone?)のギター・ボーカル。BOROFESTAの主催者。ototoyの取締役。JUNK Lab Recordsのレーベル・オーナー。ライターやイベント・オーガナイズも多数。

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ニシダ ケン

1990年生まれ。熊本出身の九州男児。2019年までイベント業界で働きながら、福岡親不孝通りにてJ-POP、アニソンのDJ活動を行う。その後上京し、OTOTOY編集部にてアイドル、アニメ関連を中心に担当。映画、深夜ラジオが好き。

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